在宅医療の向き・不向き

在宅医療はどんな状況でもできるというわけではありません。

在宅医療は、どんな状態でも大丈夫というわけではありません。在宅医療が向いている状態の主なものは次の3つです

①病態や状態が重篤であっても看取りの方針の場合

②慢性疾患で状態が比較的安定している場合

③入院の適応であっても本人・家族の強い希望や認知症やせん妄などのために入院が難しい場合

逆に、在宅医療が難しい状態は主に次の3つです。

1)急性疾患の治療前後であり状態が不安定で細かい観察・処置が必要な場合

2)本人・家族が入院を希望する場合

3)コントロールできない出血・コントロールできない呼吸苦など、在宅医療ではコントロールが難しい場合

もう少し具体的にご説明します。

通院困難があるかどうか

在宅医療の中で訪問診療は通院が困難な方に提供されます。一人で徒歩・自転車・自動車・公共交通機関などを使って通院できる方には訪問診療はできません。そういった方にも訪問看護やヘルパーは生活の状況により提供できることはあります。

普段は通院できる方でも、体調が悪くて診療所に行くことができないという場合に医師に自宅などに来てもらうことは往診と呼んで、訪問診療とは区別されています(医療保険のルール)。往診はご本人、ご家族が医療機関に往診を依頼して、患家に訪問することを医師等が引き受ければ行うことができます。訪問診療は定期的・計画的に医師等が患家に訪問することです

在宅医療が向いている状態

①病態や状態が重篤であっても看取りの方針の場合

もともと医療の目標は人々の健康ですが、残念ながら人はいつか死を迎えます。入院医療で改善する方が大勢いらっしゃる一方で、入院医療を行っても余命の改善は限定的な方もいらっしゃいます。余命が限られている方の治療は主に緩和治療となってきます。在宅・医療では緩和治療のほとんどを自宅や介護施設でも提供することができます。(くわしくは「在宅医療で行うことができる緩和治療」を参照してください)入院しても余命を改善する見込みが厳しい場合には在宅医療での生活を検討していただいてよいと思います。

②慢性疾患で状態が比較的安定している場合

心不全や呼吸不全、認知症など、慢性疾患のために健康を損なっておられる方々の症状の程度はさまざまですが、中等症~重症の方の中には、症状の変化があまりなくても長期的に入院している方もおられます。例えば心不全や呼吸不全などの方で、やや重症だけどあまり変化はないという方です。在宅ケア・医療では患者さんは自宅や介護施設にいても訪問看護師や在宅医が定期的に訪問したり、症状に応じて臨時で訪問したりして悪化の兆候を早めに見つけたり、初期対応したり、重症化を防いだりします。(くわしくは「在宅医療でのチェック体制」;リンクを参照してください)目を離した途端に重篤になりそうな例では難しいかもしれませんが、やや落ち着いているという状態なら在宅医療での経過観察をご検討していただけると思います。

③本人・家族の強い希望や認知症やせん妄などで本来入院の適応だが入院が難しい場合

入院治療が必要と判断されるケースであっても、ご本人やご家族が「入院したくない」というケースもあります。また、認知症やせん妄などのために環境が変わると興奮しまって入院が難しいというケースもあります。「入院したくない」というケースで重篤化のリスクなどのため入院治療が必要と考えられる場合には我々医療者は不幸な転帰を避けるのために説明・説得して入院してもらう責任がありますが、本人・家族が重篤化や死亡の可能性を受け入れてもなお入院を拒否する場合には、「入院しない権利」は本人・家族にあります。(ただし、日本では他人に感染を拡大する恐れのある一類、二類感染症の場合と、自傷他害の恐れのある精神疾患の場合には入院になります。)

認知症やせん妄などで入院環境による悪化が見られるケースでは、入院が悪化因子となってしまいますから、入院を避けて自宅・介護施設で医療を提供することで入院による悪化を避けることができます。

このような入院が難しい場合にも、自宅や介護施設で在宅ケア・医療を提供することである程度の治療を行い、症状をコントロールできるようになることが多いです。

医療者とのかかわりが嫌ということで自宅や介護施設でも診察・治療を拒否される場合には在宅医療の介入も困難になることはあります。が、最初は医療を拒否していても症状がつらくてあとから頼られることもあります。

在宅医療が難しい場合

1)急性疾患の治療前後であり状態が不安定で細かい観察・処置が必要な場合

急性期疾患(心筋梗塞・脳梗塞・手術の術後など)の場合は状態が不安定となりやすく、病院内においてモニタリング(心電図モニターや酸素飽和度モニター、血圧計、その他の機器などを装着して見張ること)をしておき、状態が変化したら随時その変化を補正する治療が必要になります。例えば血圧が下がったら輸液したり、昇圧剤を投与したり、呼吸が悪化したら人工呼吸を行ったり、様々な対応があります。重症の方の場合には集中治療室などでそのような治療を行います。このような積極的な密度の高い治療を在宅医療で提供することはできません。

2)本人・家族が入院を希望する場合

在宅医療は自宅や介護施設で行います。普段医療者は自宅や介護施設にはいません(介護施設では看護職員が居る場合もあります)。状態や症状が変化したときには、ご本人、ご家族から医療者(訪問看護師や在宅医)にご連絡をいただき、訪問して状態や症状に対応します。この時に、訪問するまでにどうしても時間がかかります。

症状が悪化して電話をしてから医療者が来るまでの間が不安という方やご家族もいらっしゃいます。病院だとナースコールを押してナースステーションから看護師が部屋に来るまでの時間が、在宅では携帯電話をかけてから訪問看護師が勤務施設や看護師の自宅からご自宅等にお伺いする時間に相当し、病院だと長くても数分の時間が自宅だと距離に応じて変わります。短くても10分、長いと1時間になるでしょう。

また、自宅で看取りをする場合には自宅で一緒に過ごせるというメリットはありますが、敢えて言うと「だんだんと最期に向かって衰弱していく家族を見守る」ということになります。「弱った姿を家族や友達に見せたくない」という方もいらっしゃいますし、「家族の弱っていく姿は見たくない」とか、「だんだんと悪くなるのを見ているのはつらい・不安」というご家族もいらっしゃいます。

また、自宅で介護しているとご家族の介護負担が過大になり、ご家族が疲弊して自宅で支えることが困難になることもあります。

入院することでそういった医療者を待つ不安や、弱った姿を見られる・見ることによる不快や不安・家族の介護負担はなくなります。

これらのために入院を希望する方は少なからずおられ、入院を検討することになります。ただし、入院はその必要性(適応)がないと入院できません。入院の適応がないけれど自宅で過ごすのは難しいという場合には介護施設に入所することになります。

3)コントロールできない出血・コントロールできない呼吸苦など、在宅医療ではコントロールが難しい場合

病気によっては体の表面からの出血や吐血・下血など出血が止まらない場合や、息が苦しくてぜーぜーしてしまう場合などが見られます。在宅医療でもかなりの範囲で症状が抑えられることが増えていますが、中にはどうしても在宅医療の薬や道具、機器では症状がコントロールできないケースが起こってきます。

自宅や介護施設でどんどん出血している方や呼吸苦や痛みなどでとても苦しがっている、せん妄などで興奮して抑えられない方などを看るというのは、一般の方にとっては受け入れることが難しいことになりやすいです。大量出血にも動じることなく最期まで自宅でという方やその家族もいらっしゃいますがそういった方は稀な存在で、コントロールができない、見ていられないほど激しい症状のときには入院をお願いすることが多いです。ご家族が精神的に耐えられないからです。

以上のように在宅医療には向き、不向きがあり、どんな状態でも在宅医療が可能というわけではありません。「家に帰りたい」と思ったら在宅医療を検討していただく価値があると思いますが、本当に在宅医療が向いているかを考えるには、状況をよく整理して「ご本人、ご家族が何を大切と考えているか」ということに寄り添う必要があります。

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